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最高裁判所第一小法廷 平成7年(あ)46号 決定 1998年1月21日

本店所在地

東京都武蔵野市境南町三丁目一四番四号

株式会社 昇和

右代表者代表取締役

成沢政明

国籍

韓国

住居

東京都三鷹市大沢六丁目一一番一九号

会社役員

成沢政明こと辛善基

一九四六年三月一四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成六年一一月三〇日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人久保哲男の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

平成七年(あ)第四六号

上告趣意書

上告人 株式会社昇和

(旧商号株式会社三成商事)

上告人 成沢正明こと

辛善基

右者に対する法人税法違反被告事件についての上告の趣意は次のとおりである。

平成七年三月六日

右被告人両名の弁護人

弁護士 久保哲男

最高裁判所第一小法廷 御中

第一点

控訴審判決には、以下に述べるように、判決に影響及ぼすべき重大な事実の誤認がある。

事実誤認 その一

控訴審においては、一審判決について判示第二の事実につき、被告人株式会社昇和(旧商号は株式会社三成商事、以下「被告会社」という。)の昭和六一年一〇月一日から昭和六二年九月三〇日までの事業年度における課税土地譲渡利益金額が一〇億一五八三万七〇〇〇円であると認定しているが、その中には、被告会社が昭和六一年八月四日東京都八王子市左入町二一三番地等四筆の土地(以下「左入町物件」という。)を谷合孝仁から代金合計二億二九四五万円で購入し、同年九月一九日これを中村榮に代金合計五億〇一六〇万円で売却して得た売却益二億七二一五万円が含まれているのに、被告会社は、谷合、中村と右のような売買をしておらず、売買益を得たこともないので、右は原判決の事実誤認であるとし、その理由として、

左入町物件は、被告会社、中村榮、羽田産業株式会社(代表取締役則竹朋信、以下「羽田産業」という。)の三者による共同事業(左入町物件を今後一年の期間をもって買収する隣接地と共に第三者に売却して一〇億円ないし二〇億円の売却益を出し、これを中村が四〇%、羽田産業、被告会社がそれぞれ三〇%の割合で配分しようとするもの。)の一環として購入したものであり、原判決が左入町物件の売買代金であると認定する五億〇一六〇万円は、中村が右三者による共同事業を遂行するため出捐した出資金であって売買代金ではない。

左入町物件を中村の所有名義としたのは、同人の右出資金を担保するためであって、被告会社が中村に売却したことによるものではないからである。

しかるに原判決は、左入町物件は被告会社が昭和六一年八月ころ谷合孝仁から代金合計二億二九四五万円で購入し、同年九年一九日これを中村榮に代金合計五億〇一六〇万円で売却し、二億七二一五万円の売却益を得たのに、被告人辛善基(以下、「被告人」という。)は、これを谷合が取締役をしているジャパンエレクトロサイン株式会社(以下「JES」という。)が取得して転売したかのように仮装し、左入町物件の売上を除外し、その売買益を秘匿したことは、当裁判所もこれを是認することができ、原判決には所論のような事実の誤認は存在しない。とし、更に所論にかんがみ敷行して説明するとして、

1 原判決が原判示第二の事実につき挙示する関係証拠を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 被告会社は、東京都武蔵野市境南町三丁目一四番四号(平成二年九月三〇日以前は、同市境南町二丁目二七番地五号)に本店を置き、不動産の売買及び仲介等を目的とする株式会社であり、被告人は、昭和五一年一一月被告会社を設立して以来同会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるところ、被告会社においては、昭和六〇年一〇月以降、折からの地価高騰もあって不動産の転売等により業績を伸ばしたが、多額の税金を納付するのを惜しみ、いわゆるダミー(形式上の当事者)を介在させ、被告会社が形式上契約当事者から外れ背後に隠れて行った不動産取引及びそれによる利益の秘匿工作をするようになった。

(2) 谷合孝仁は、昭和五九年一二月ころ八王子信用金庫を退職し、以後、JES(代表取締役牧野正)に副社長として入社し、同社の資金繰りなどを担当していたが、業績が上がらず将来性もないとして自ら個人で八王子市内の土地を購入・転売して利益を得ていたが、昭和六一年三月ころ、高木九一から同人所有の左入町物件を一億一五〇〇万円で購入し、そのころ、これを株式会社矢島興産(代表取締役矢島太一)に一億六九五六万円で売却し、同年三月一三日付けで右各売買に関する土地売買契約書を作成した。矢島興産では、左入町物件の周辺土地を買収して配送センターを建設する計画を有していたが、周辺土地の買収ができず、谷合に売却先を探すように依頼した。

(3) 谷合は、同年七月ころ、被告人や被告会社営業部長の長森顕に対し、「左入町の土地を手に入れた。うちで地主から買った物件だが、矢島興産に資金を出してもらった関係で登記は矢島興産にしてある。三成がこの土地で仕事をしませんか。」などと言って被告会社に左入町物件の購入あるいは、売却斡旋方を依頼し、左入町物件自体では大した価値はないが、周辺の河川に沿って道路ができ地価が上がるとか、周辺の買収が見込まれてるなどと説明し、被告人からどの位で売るのかと聞かれ一坪当たり三五万円で売りたい旨答えた。

(4) 被告人は、以前地上げをした昭島市玉川町の土地の買い主となってくれた中村に対し、羽田産業の則竹朋信を介したり、自ら現地を案内して左入町物件及びその周辺土地の地上げが可能であるとか、河川に沿って道路ができ地価が上がるなどと言って左入町物件を一坪当たり八〇万円で購入するよう持ち掛け、中村はこの話を受け入れることにした。

(5) 谷合は、被告人から、左入町物件が一坪当たり八〇万円の価格で処分できることを知らされるとともに、それに伴って生ずる利益を隠すため、形式上の売買当事者となるダミー会社を探すよう依頼されたが、被告会社が左入町物件を一坪当たり八〇万円の計算で転売するのは儲け過ぎだとして、谷合から被告会社への処分価格を一坪当たり一〇万円上乗せして欲しい旨被告人に申し入れたが、被告人から「河に沿った道路ができなかったらどうするんだ。誰が責任をもつんだ。お前のところで責任が持てるのか。」などと言われて拒否され、被告会社に対して負債を抱えている立場上、無理にとは言えず、同年八月左入町物件を代金代金二億二九四五万円(一坪当たり三五万円、坪数六二七坪として計算)で被告会社に売却するとともに、ダミーとなる会社を探す件を承諾した。谷合は、JESの牧野社長に左入町物件の取引に監視JESが谷合と中村の間に位置する被告会社のダミーとして参加するよう依頼してその承諾を得た。そして、被告人は、右取引により被告会社の取得する転売利益の一五%を報酬としてJESに支払うことを約束した。

(6) 被告人は、中村が左入町物件の取引に関し出損する五億〇一六〇万円(一坪当たり八〇万円、坪数六二七坪として計算)の銀行融資を受けるのに必要だとして、谷合と牧野に指示して左入町物件の所有権が矢島興産から谷合に、谷合から形式上JESに移転したことを示す土地売買契約書を作成させた。

(7) 被告人の命をうけた被告会社の長森営業部長、谷合、牧野、則竹、中村らは、同年九月一九日、被告会社事務室において、左入町物件につき、売主をJES、買い主を中村とし、代金を五億〇一六〇万円(契約書作成と同時に手付金六〇〇〇万円を支払い、同年一〇月三一日迄に引渡及び所有権移転登記手続を完了し、それを同時に右手付金を売買代金に充当し、残金四億四一六〇万円を支払う。)とする土地売買契約書(売主欄にJESの牧野、買い主欄に中村、仲介人欄に被告会社及び羽田産業の各記名、押印が、取引主任者欄に長森の署名、押印がなされている。)を作成した。

(8) 中村は、同年九月一九日手付金として第一勧業銀行河辺支店振出の自己宛小切手(額面六〇〇〇万円、以下、銀行振出自己宛小切手は単に「預手」という。)を谷合に交付し、同人は、これを同月二二日、八王子信用金庫中野市支店のJES口座に入金し、同月二四日、振興信用組合本店の谷合の預金口座を経て、三栄信用組合武蔵境支店の被告会社の口座に入金した。そして、中村は、同年一〇月三〇日、三井銀行三鷹支店から右売買契約書中での残代金にほぼ匹敵する四億四四二九万円の融資を受け、同日左入町物件に設定されていた抵当権を抹消するため共和商工協同組合宛に七七二七万三八二四円を振込送金し、谷合を介して八〇〇〇万円の預手を矢島興産に交付するとともに、一五〇〇万円を三鷹市農業協同組合本店の羽田産業の預金口座(口座の名義は飯田光雄)に振り込み、二億六九三二万六一七六円を八王子信用金庫中野支店のJES口座に振込送金した。

(9) 被告会社は、谷合から三栄信用組合武蔵境支店の被告会社の口座に振り込まれた右六〇〇〇万円の内、五〇〇〇万円については、帳簿上谷合に対する貸付金(架空貸付)の返済として処理した。そして谷合は、同月三一日、八王子信用金庫中野支店のJES口座に振り込まれた前記二億六九三二万六一七六円の内、現金で一億円の払戻しを受けてこれを長森営業部長に渡し(その内三〇〇〇万円は谷合が一旦報酬として受け取り、これを同人の被告会社に対する債務弁済に充当してもらった。)、長森営業部長は、右一億円から三〇〇〇万円を差し引いた七〇〇〇万円を裏金として被告会社の金庫に納めた。また、前記二億六九三二万六一七六円から右一億円を引いた残りの一億六九三二万六一七六円は、谷合がその日のうちに八王子信用金庫本店のJES口座に移し替え、その内、三二一七万六一七六円が同信用金庫本店の谷合の預金口座に送金され、同一一月七日(被告人の平成三年一〇月一八日付検察官調書第一〇項、記録一三三七丁に一一月一七日とあるのは誤記と認める。)に現金で払い戻された二八〇〇万円は、長森営業部長から谷合を介しダミーの謝礼金の内金としてJESに渡され、昭和六一年一一月四日に払い戻された現金六三〇〇万円と同月一四日に払い戻された現金四六一五万円は、それぞれ谷合から長森営業部長に渡され、同人はこれを被告人に報告の上被告会社の金庫に納めた。

(10) 被告人は、JESをダミーとした左入町物件の取引によって取得して被告会社の金庫に保管した金銭については、被告会社の三栄信用金庫武蔵境支店、多摩中央信用金庫武蔵境支店、同八王子支店、八王子信用金庫本店、東京商銀信用組合三鷹支店の複数の架空名義の口座に預金した。

(11) 谷合は、同年一〇月三〇日ころ、国道一六号線に隣接し左入町物件の周辺土地として被告会社が地上げの対象としていた遠藤豊吉所有の八王子市左入町一七〇番一、同番七、同番二の土地を購入するに際し、JESをいわゆるダミーとして介在させてこれを中村に転売したが、被告人は、右土地の取引については転売利益が少ないとして被告会社を単なる仲介人(契約書上は、不動産取引主任者として記名、押印している。)とするにとどめ、売買当事者として参加させなかった。

(12) 被告人は、中村から借金の金利が嵩んで大変だとか、左入町物件の周辺土地の地上げはどうなっているのかと言われたことなどから、昭和六三年二月ころ、左入町物件の取引については、それが売買であり、その契約当初から周辺の土地が一年以内に買収できなかった場合や河川工事についての建築確認線を買主に提供できなかった場合には売買代金五億〇一六〇万円の三〇%を減額するとの約束があった旨の昭和六一年九月一九日付の合意書及びそれを前提に売買代金を五億〇一六〇万円から三億五一六〇万円に減額し、その差額一億五〇〇〇万円を中村に支払う旨の昭和六三年二月二九日付合意書を作成した。そして、被告人は、同年三月一日、被告会社が昭和六一年以降ダミーを介在させた土地転売により捻出して架空名義人の預金口座に蓄えた裏金の中から一億一四〇〇万円を多摩中央信用金庫武蔵境支店のJESの預金口座に移し替え同金庫から預手三通を振り出してもらい、その内額面五二〇〇万円の預手は中村に交付したが、額面四七〇〇万円の預手は中村に対する別の貸金の返済分として、額面一五〇〇万円の預手は左入町物件の売買に関する被告会社の仲介手数料だとして被告会社が取得し、残金三六〇〇万円については、JES名義で中村に信用書を作成し、その写を中村に交付した。

2 叙上のように被告人は、谷合から被告会社に対する左入町物件の購入、売却斡旋方申入れに対して、被告会社が直接買い入れることを前提に谷合と売買価格を交渉し、中村に対しても周辺の土地の地上げが可能であることなどを理由に左入町物件の地価も高騰するとしてその購入方を勧めているのであって、谷合、中村らとなした交渉の実態は、実質上の売買当事者が被告会社であることを当然の前提として、被告人が中心となって売買価格を交渉、決定しており、その決め方も、まず一坪当たりの単価を決め、それに坪数を乗ずるというものであり、また、契約書作成に当たっては、被告人が昭和六〇年一〇月以降、ダミーを介在させ被告会社を形式上当事者から外し背後に隠れてなした不動産売買による転売利益を隠すとの被告会社の不動産取引と同様の方式を用いている。しかも、中村から出損された五億〇一六〇万円は、一旦はJESの預金口座に振り込まれた後、仲介手数料として、羽田産業に一五〇〇万円が、谷合に昭和六一年九月二四日に一〇〇〇万円(但し、被告会社の谷合に対する貸金の返済に充当された。)同年一〇月三一日に三二一七万円余が、JESにはダミーの謝礼金として一一月七日に二八〇〇万円がそれぞれ支払われたほか、五〇〇〇万円が谷合に対する架空の貸付金返済分として同年九月二四日には被告会社の預金口座に移し替えられ、同年一〇月三一日には、七〇〇〇万円が、同月四日には六三〇〇万円が、同月一四日には四六一五万円が、それぞれJESの預金口座から現金で引き出されて被告会社の金庫に納められ、後日被告会社の仮名口座に預金されるなど、売買契約当事者及びこれにダミーとして、あるいは仲介人として関与した関係者の地位や立場に相応して配分されているのであって、本件左入町物件は、その取引の実態、資金の流れなどに照らし、被告会社が谷合から買い受け、これを中村に売却したものと考えるのが自然である。

3 ところで、被告人は、検察官調書〔平成三年一〇月一八日付(乙3号)、同月二二日付(乙6号)〕中において、左入町物件は被告会社が谷合から買い受けて中村に転売したものであり、これによって得た転売利益を秘匿した旨原判決認定に沿った供述をし、原審公判廷においても、起訴状記載の各公訴事実を認め、長森営業部長、谷合、則竹、中村も検察官の取り調べに対して原判示認定に沿う供述をしていた。

ところが、被告人は、当審段階に至って原判示第二の事実に対し、被告人会社が左入町物件を谷合から買い受け、これを中村に転売した事実はなく、左入町物件は、被告会社、中村、羽田産業の三者が共同で今後一年の期間をもって買収する隣接地と共に第三者に売却して一〇億円ないし二〇億円の売却益を出し、それを中村が四〇%、羽田産業、被告会社がそれぞれ三〇%、の割合で分配するとの右三者協定に基づく共同事業の一環として購入したものであり、右三者の間では、当初から右共同事業遂行のため中村が五億〇一六〇万円を出資し、被告人と則竹は隣接地の地上げを担当し、被告会社は中村の右出資金に対し月二分の割合による利息を支払い、右出資金を担保するため左入町物件を中村名義にしておくとの合意がなされており、その旨の協定書も作成されていたが、昭和六三年になって右共同事業が失敗したことから同年二月清算手続に入ったなどと弁護人の主張に沿った弁解をし始め、則竹、中村も当審公判廷において被告人の弁解に沿った供述をしている。

たしかに、関係証拠によれば、左入町物件の取引に関しては、谷合が被告会社に対し、次いで被告人が直接あるいは則竹を介して中村に対し、それぞれ右取引の話を持ち掛けた際、周辺土地の地上げが可能であり、それが成功すれば左入町物件の地価も上がり、これを一括処分すれば左入町物件も一坪当たりの単価が一五〇万円程度で売却できるような説明がなされ、被告人や中村もこれを信じて取引に参加することになったことが認められる。

しかしながら、左入町物件に関する前記のような具体的取引形態や金銭の流れはJESをダミーに介在させた被告会社と中村との売買を前提とした処理形態が執られており、そこには被告会社、羽田産業、中村の三者による共同事業を推測させる事情は全く窺うことができず、被告人のいう共同事業に関する協定書についても、その写しのみが存在(弁護人から、中村を甲、被告会社を乙、羽田産業の代表取締役則竹を丙とする昭和六一年八月二〇日付協定書の写が証拠申請され、検察官が同意しなかったため撤回され、被告人の当審公判廷供述(第七回公判)の調書末尾に添付のもの。)するものの、原本なるものが存在するのかどうか疑問であり、(弁護人は、国税当局が中村から協定書を押収してしまった旨主張するが、これを認むべき事情は存在しない。)、その協定書の内容も左入町物件購入の資金を中村が出し、被告会社と羽田産業が接地買収にあたること以上に事業内容が定められておらず、しかも、その事業主体の一員である中村の出資金に対し、同じ一員である被告会社が月二分の利息を支払うなどということ自体、共同事業というにはいかにも不自然、不合理な内容であり、仮に、右のような協定書が作成されたとしても、中村自身、協定書の右内容について合理的な説明をなしえていない本件にあっては、右協定書は被告人らが、中村に隣接地の買収、高額処分により得た利益の四割を中村に配分するということで、中村の購入意欲を煽り、その決意をさせるための勧誘の一環に過ぎないものと見るのが相当である。また、被告人は、谷合から左入町物件の周辺の土地で、しかも国道に隣接する左入町一七〇番一外三筆の土地の地上げ話を持ち込まれていたのであるから、共同事業者としては、その事業の一環として右土地を取得しておくのが自然であると思われるのに、転売利益が少ないとして被告会社は売買当事者とはならず、単なる仲介人としてその取引に関与し、これを中村に取得させ、被告会社が仲介手数料を取得しているというのも不可解と言わざるを得ない。加えて、被告人らは、共同事業が失敗したことから昭和六三年二月に清算手続に入ったなどというが、被告人や中村らは同年二月二九日付で合意書(但し、左入町物件の売買契約書で売主と表記されているのに対応して合意書中でも売主としてJESの記名押印がある。)を作成し、実際には被告会社が中村に対する左入町物件の売買価格の三〇%に相当する一億五〇〇〇万円を売買代金から減額してそれを買い主中村に支払う旨約束しており、このような措置は、被告人らの言う地上げによる地価高騰が実現しないのは約束違反だとの中村からのクレームに対する被告会社の対応策としてならともかく、共同事業の清算方式として売買代金を値引きするなどというのは不自然である。

被告人は、当審公判廷において、中村が同人を原告とし、被告人及び被告会社を被告として東京地方裁判所八王子支部に提起された分配金請求事件の訴状で左入町物件の取引が被告会社、羽田産業、中村の三者による周辺土地の地上げ、転売事業の一環であり、五億〇一六〇万円も中村による事業への出資金であることを前提に、その事業を清算すべく三者により合意されたところであるなどと供述し、中村も当審公判廷右被告人の弁解に沿う供述をしている。

しかしながら、右訴状の請求原因として記載されている被告会社ら三者による事業の清算方式(中村が出資した金額と同額の五億〇一六〇万円を土地売却約定代金として設定し、これから仕入価格や仲介手数料、右五億〇一六〇万円に対する利息を差し引いた残りを事業利益とし、これを中村四〇%、被告会社と羽田産業が各三〇%の割合で分配し、右利息分は被告会社が中村に支払うなどというもの。)には、共同事業によって何ら利益が上がった形跡もないのに、計算上利益が出るよう無理に土地売却約定代金を設定したり、前記のように共同事業主体の一人が他の一人である資金提供者に利息を支払ったり、具体的にどのような事業活動をしたのか判然としない被告会社や羽田産業になぜ三〇%もの分配金が分配されるのかなど、共同事業の清算というにしては不可解な点が多々あり、はたして右のような合意がなされたのかどうか疑問であり、仮に、右のような合意がなされたとしても、そのことをもって左入町物件の取引が被告会社ら三者の共同事業であったことの証左であるとは認めがたい。

このように、所論に沿った被告人や則竹、谷合、中村の当審公判廷における供述には、不自然、不合理な点が多く、そのまま信用することができない。

4 以上によれば、原判決が、本件左入町物件は、被告会社が谷合から買い受け、これを中村に売却し、その売上を除外し、売買益を秘匿したものと認定したのは同裁判所もこれを相当として是認することができ、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、他に原判決の事実認定を左右すべき事情は認められない。論旨は、理由がない。

というものであって、上告人が昭和六一年一〇月一日から同六二年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実所得額が六億六〇八六万九九九二円、課税土地譲渡利益金額が一〇億一五八三万七千円であったのにもかかわらず同六二年一二月二六日武蔵野税務所長に対し内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、右事業年度における正規の法人税額と申告税額の差四億四一九〇万九五〇〇円を逋脱したのは、間違いないというのである。

しかしながら、被告会社において右事業年度における事務処理の際、過失があったことと、申告書提出前に過失に気付かなかった被告会社の落ち度が、結果として事実誤認の判決につながったのである。

被告会社が単独で行った土地売買により得た実際所得金及び課税土地譲渡利益金の外に被告会社が他者と共同して行った営業について得た所得並びに課税土地譲渡利益について、これを被告会社が単独で行った行為の利益として事務処理をしたために、被告会社の利益ではない課税土地譲渡利益が被告会社の課税土地譲渡利益として加算されてしまったのである。したがって、この取引については、共同事業による中村榮からの借入金(出資金)である六二七坪×坪八〇万円=五億一六〇万円から谷合が支払った金額の六二七坪×坪三五万円=二億一九四五万円+谷合への裏金一〇〇〇万円の合計の二億二九四五万円を差し引いた残額二億二七一五万円が計上されたためである。これは、共同事業者たる谷合、及び中村の取得する利益を被告会社の取得する利益として計算してしまった被告会社の事務処理の過失があったことと、申告書提出前にこれに気付かなかった被告会社の落ち度が、結果として事実誤認の判決につながったものである。

事実誤認の原因となった共同事業は、被告会社と中村と羽田産業の三名が行った東京都八王子市左入町二一三番、二一四番、二一七番、二一八番の四筆の土地六二七坪の取引であって、この土地は、被告人と知人の谷合が矢島興産(株)から金を借りて買っていたもので、谷合は、被告会社に対し、この土地を一坪三五万円で買って貰いたいといってきたので、被告会社としては、始めは気が進まなかったが、谷合といろいろ話をしているうちに、誰かスポンサーになる人を見つけてその人にこの土地とその付近一帯を買って所有権の移転を押えてもらい、既に現在土地開発公社が河川工事をやっている事もあって、時期がきたところで転売するか又は将来必ず行われるであろう再開発事業に地主として被告会社がこれに参加すれば、その時点において、更に利益が上がると予測し、被告会社において前記事業のスポンサーを探していたことろ、昭和六一年七月頃これもかねてから被告人の知人であった中村が、出資(六二七坪×八〇万円)してくれることになり、昭和六一年八月二〇日被告会社と中村と羽田産業の三者の協議の上、共同事業としてこの仕事をすることになり、仕事の内容は、

(1) 右三者で前記土地六二七坪を、今後買収する隣接地二〇〇〇坪と共に売却することにより、売却益を一〇億円から二〇億円出す。

(2) 前記土地六二七坪の資金五億一六〇万円を中村が出資する。

(3) 被告会社は、右出資金に一ヵ月二%の割合による利息を支払う。(中村が借入れをした先の利息の支払い金にあてる為)

(4) 中村の出資金を担保するため、前記土地の名義を中村に移す。

(5) 共同事業期間は一ヵ年とする。

(6) この事業によって利益が出た時は、その利益を中村四〇%、羽田三〇%、被告人会社三〇%の割合で分配する。

そこで、この協議の骨子を書いた協定書一通を作り原本を中村が所持することにし、その日から仕事に取りかかり被告会社としても労力を惜しまずに事業に専念したが、バブル経済の破綻の影響を受け土地売買が鎮静化したため、思うように土地の売買ができず、この共同事業は、初期の成果を達成することができないという結果になり、右三者間で昭和六三年二月末日右共同事業を次の通り清算した。

(1) 担保のため名義を変更していた八王子左入町二一三番地等の土地の所有権を中村が五億一六〇万円で取得する。

(2) 右土地の原価が四億四七九五万九三〇円を要したこと及び中村の出資金に対する利息金が一億六一五〇万九三〇円であることを確認する。

(3) 前記(1)と(2)の差額である利益金五三六四万九〇七〇円を羽田への先払い分の一五〇〇万円を含めた合計六八六四万九〇七〇円を当初の約定通り中村は、四〇%の二七四五万九六二八円、羽田は、三〇%の五五九万四七二一円(先払い分を除く)、被告人は、三〇%の二〇五九万四七二一円の割合で分配する。

つまり、被告会社と中村との関係は、被告会社が中村に対して(2)の利息金一億六一五〇万九三〇円及び(3)の利益分配金二七四五万九六二八円の計一億八八九六万五五八円を支払うことで共同事業の清算をする旨合意した。

したがって被告会社は、本件土地に関する事業で利益があったとしても金二〇五九万四七二一円以上ありえないのである。そして、その一部の支払いとして被告会社は、中村に対し昭和六三年三月一日一億一四〇〇万円を支払った(控訴審弁一〇号証)。そして被告会社は、国税当局の指導で平成元年一二月二六日武蔵野税務署に対し、右一億一四〇〇万円について、課税土地譲渡利益から除外すべきものとして更生の請求をした。この請求は、昭和六三年度分期分の更生請求となっているが、これは、本来同六二年度期分の更生請求すべきものであり、その金額も中村からの借入金(出資金)である六二七坪×坪八〇万円=五億一六〇万円から谷合へ支払った金額の六二七坪×坪三五万円=二億一九四五万円+谷合への裏金一〇〇〇万円の合計の二億二九四五万円を差し引いた残額二億二七一五万円とするべきであった。

なお、この問題は、原審で主張していなかったため控訴審で重視され、協定書に署名した中村、羽田産業、及び被告人が証人として取り調べられ、三者とも被告人の主張にそう証言をしたが、協定書の原本を提出することができなかったため、その主張は排斥されたが、控訴審終了後になってこの協定書は、その所有者である中村が地方裁判所八王子支部に提起した、被告人を被告とする分配金請求事件の甲号証として提出していたことが判明したので、協定書の原本の所在が明らかになった為、是非ともこの協定書を上告審で取り調べてもらいたいのである。なお、これに関連して原本の所有者である中村及び則竹の説明書を本書に添付する。

13 No.

<省略>

平成七年二月一〇日

説明書

武蔵野市西久保一丁目四番一二

羽田産業株式会社

代表取締役 則竹朋信

最高裁判所 御中

八王子市左入町物件の購入について説明します。

昭和六一年五月頃だったと思いますが、(株)三成商事の成沢社長より八王子市左入町の物件について、当時、私が不動産の世話をしていた中村さんと共に開発できる土地を地上げしないかと持ち掛けられました。

早速(株)三成商事に物件を案内してもらいましたが、確かに全て地上げすると三〇〇〇坪から四〇〇〇坪程になり、八王子インターからも近く、素晴らしい場所になると思いました。

ただ現在購入出来る場所が八王子市左入町二一三、二一四、二一七、二一八の約六〇〇坪程であり道路からの進入路もなく不安もありましたが、私も現地を何度も見に行き、再三畑で農作業中の地主と地上げの交渉をしている成沢社長の姿を見ていたこともあり、又河川工事を見に行ったところ谷地川の工事は実際に行なっておりその責任者に問合せたら、国道一六号線まで五年計画で買収し工事をすると聞きましたので、後日(株)三成商事の事務所で成沢社長より現在工事中の河川工事が終われば、購入できる約六〇〇坪の土地も、一部河川に面するので、河川に沿ってできる六メートルの道に接するようになるし、別に国道一六号線に接する一〇〇坪も同時に買収していけばやがて素晴らしい土地になると説明を受けましたので、それならと私も中村さんを誘い説明しました。

(株)三成商事の成沢社長は、この物件を中村さんに買ってもらいたい意向だったのですが、成沢社長の希望する坪四〇万円では高すぎて買えないという結論になりました。こうして何度か交渉を重ねるうち最終的に三鷹市上連雀二-二-三郷土料理富士屋(〇四二二-四四-七七七三)にて三者で話合いを持ち、将来ホテル、結婚式場、レジャーランド等の目的であれば大企業も欲しがる場所であるという結論に達し、三者共同事業として行なうことになりました。

当面必要な地上げ資金等、約五億円を中村さんが工面することになり、(株)三成商事は谷合の指導のもとに中村さんが買う、契約書を作り名義を中村さんに変えた次第です。

ただこのとき中村さんは、物件が売れるまで短期間で(約一年)、出資金が戻らないと資金面で苦しくなるといっておりました。しかし、成沢社長の方も間違いないとのことでもあるし、最悪の場合には、成沢社長が責任をとる約束だったので、私も賛成し(株)三成商事、私、中村さん、三者の共同事業としてすすめることにしました。

共同事業の内容は、中村さんの資金で月二分の金利をつけることと、転売益については、中村さん四、(株)三成商事三、私三、の割合で決め、私が便箋に書類を作成し三者署名し中村さんに渡しました。このようにして中村さんは八王子市左入町の物件を中村さんの名義で契約した訳ですが、その後余り地上げについても芳しくなく、河川工事も土地を購入した当時より少し進んだ程度だったのですが、(株)三成商事が先頭に立ち、事業を進めていたのは事実です。

この物件の購入経緯は、この通り間違いありません。

以上

第二点 事実誤認 その二

控訴審においては、「原判決は、判示第一の事実に関し、「被告会社の昭和六一年九月期の法人税確定申告書における所得金額及び課税土地譲渡利益額から法人税法に従って算出される法人税額は、正しくは一二〇九万八五〇〇円であって、同申告書における法人税額一一六二万七二〇〇円というのは誤ったものといわねばならないが、ほ脱税額の認定については、右昭和六一年九月期の正規の法人税額と右申告税額との差額と解すべきであるので、検察官の予備的訴因を認定した。」旨の補足説明を付した上、正規の法人税額と申告書記載の申告税額との差額五二四七万七四〇〇円を逋脱税額と認定している。

思うに、法人税法一五九条一項にいう「偽りその他不正の行為」とは、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うこと」をいうものと解すべきところ、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の確定申告書を税務署長に提出する行為は、そのこと自体が右「偽りその他不正の行為」に当たるものというべきである。

ところで、確定申告書にことさら虚偽過少の所得金額を記載すること自体が「偽りその他不正の行為」に当たると解される所以は、申告納税制度の下においては、税務当局において納税義務者の課税所得を把握するには、第一次的には納税義務者の提出する確定申告書に記載された申告所得金額によらざるを得ず、その記載に虚偽過少の疑いがあるとしてこれと異なる金額を認定するためには、法令に基づく調査、査察を経て、実際所得金額を捕捉しなければならず、そのこと自体、正しい税額の確定、徴収を不能もしくは著しく困難ならしめる契機となるからである。

これに対し、確定申告書に記載する税額は、税法の規定に従い、申告所得金額から客観的に算出することが可能であって、たとえ納税義務者において申告所得金額から算出される税額より過少な税額を記載したとしても、税務当局においてその誤りを発見し、是正することは極めて容易であり、そのことによって正しい税額の確定、徴収が不能もしくは著しく困難になるものとは考えられない。このような税額の記載の誤りは、多くの場合、逋脱の故意に基づかない単なる計算違いに過ぎないと考えられるが、たとえそれが逋脱の故意によることさらな虚偽過少記載であったとしても、法人税法一五九条一項にいう「偽りその他不正の行為」の定型性を有しないものというべきである。

以上のとおり、納税義務者が、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の法人税確定申告書を税務所長に提出し、そのまま納期限を徒過させた場合において確定申告書に右申告所得金額に基づき算出される税額より過少な申告税額を記載したときは、法人税法一九条一項にいう「偽りその他不正の行為」に該当するのは虚偽過少の所得金額を申告した点であって、実際所得金額から算出される正規の法人税額と申告所得金額から算出される税額との差額について逋脱犯が成立するが、申告所得金額から算出される税額より過少な申告税額を記載した点は「偽りその他不正の行為」に当たるものとはいえず、その間の差額については逋脱犯は成立しないものと解するのが相当である。

したがって、これと異なり、正規の法人税額と申告税額との差額全部につき逋脱犯の成立を認めた原判決は、法人税法一五九条一項の解釈を誤り、ひいて事実を誤認したものであって、右認定が判決に影響を及ぼすことは明らかである。そして、原判示第一の罪と同第二の罪とは刑法四五条前段の併合罪の関係であるから、結局原判決はその全部について破棄を免れない。

三 よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第一の事実に関し、これを「昭和六〇年一〇月一日から昭和六一年九月三〇日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九七四四万一二一九円、課税土地譲渡利益金額が一億二六九六万円(原判決書添付別紙1の修正損益計算書参照)であったのにかかわらず、昭和六一年一二月一日、東京武蔵野市吉祥寺本町三丁目二七番地一号所轄武蔵野税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二八四一万九二七円、課税土地譲渡利益金額が一六一八万二〇〇〇円であり、これに対する法人税額が一一六二万七二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額六四一〇万四六〇〇円と右申告所得金額に基づき算出した税額との差額五二〇〇万六一〇〇円を免れた。」と変更するほかは、原判決の冒頭事実及び同第二の事実と同一であるから、これらを引用する。

とあるが、正規の法人税額六四一〇万四六〇〇円と右申告所得金額基づき算出した税額の差額は、五二〇〇万六一〇〇円ではなく、五二四七万七四〇〇円である。

第三点

控訴審判決には、次に述べるような重大な量刑不当があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反する。

一、控訴審は、被告人に対する刑罰の理由として、

1 本件は、不動産の売買及び仲介を目的とする被告会社の代表取締役として、その業務全般を統括している被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、不動産売買を行うに当たり第三者名義で取引するなどの方法により所得を秘匿した上、所轄税務署長に対し虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、被告会社の昭和六一年九月期の法人税五二〇〇万六一〇〇円及び翌六二年九月期における法人税四億四一九〇万九千五百円をそれぞれ免れさせたという事実を認定した上、不利な情状として、

<1> 被告人が免れた法人税の額が右の通り二事業年度分合計四億九三九一万五六〇〇円と多額で、逋脱率も昭和六一年九月期が八一%余り、翌期が九二%余りと高率であること。

<2> 被告人が本件犯行に及んだ動機も、折からの土地のブームで高騰した土地を取得・転売して多額の利益を得たが、その相当部分は、土地の譲渡益に課せられるいわゆる土地重課税として国に納めなければならないことから、これを免れようとしたもので、私利、私欲に基づく犯行であること。

<3> 被告会社の所得秘匿の手段方法について被告人自ら采配をふるっていたこと。

<4> 不動産取引によって得た利益によって利益の殆どを現金や被告会社の仮名口座に隠匿、保管するなどしていたこと。

<5> その所得秘匿の方法も、被告会社の不動産取引に関し、赤字会社や事実上倒産した会社等をダミーとして介在させ、被告会社が形式上契約当事者から外れ、背後に隠れ土地ブームに便乗して取得価格を大幅に越える価格で転売した土地の売上の殆どを除外したこと等大胆かつ巧妙であること。

等を挙げ、これらの事情に照らすと、その判状は悪質で、被告会社及び被告人の刑事責任は非常に重いとする一方、被告人は、当審段階に至って、被告会社の昭和六二年九月期の所得に関しては、

<1> その一部を否認して争ってはいるものの、捜査段階及び原審公判廷において、事実の全てを認めて捜査に協力していたこと。

<2> 本件逋脱にかかる各法人税につき、修正申告し、昭和六一年九月期分については、法人税本税、重加算税、延滞税のすべてを納付し、昭和六二年九月分についても重加算税、過少申告加算税、延滞税のすべてを納付したこと。

<3> 本件の重大性を認識、反省し、被告会社の経理体制を一新・整備充実させて二度と脱税事犯など起こさないようにしたこと。

<4> 被告人が本件犯行に及んだ背景には、不動産業界の悪弊が存在することも否定できないこと。

<5> いわゆるバブル崩壊の影響もあって業績の悪化した被告会社の再建に努力していること。

等、被告人らのために有利な又は同情すべき事情も認められるとしながら、控訴審の判決では、被告人に対して懲役一年四ヵ月、被告会社に対して罰金一億円に各処する旨言渡した。

しかしながら、右判決の量定は、被告人の懲役刑につき刑の執行を猶予しなかった点において甚だしく重すぎて不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。いうまでもなく刑の執行猶予は、自由刑の執行のため仕事を失し、犯罪について責任のない家族に経済的その他の負担をかけること、これまで前科のない者が刑務所内で悪風に感染すること、出所後刑余者として社会生活に適合するのに困難が生ずるなどの数多くの弊害を回避しつつ、行為者の犯した犯罪の意義を明らかにする手段として最善の制度といわれている。

そして執行猶予に処すか否かは、この執行猶予の制度的有効性を充分考慮し、さらに犯罪の動機、態様、改悛の有無、性格、年齢、境遇等をも十分検討して決定すべきものである。

しかるに本件において控訴審判決は、後述する本件脱税行為に至る動機、態様、今後の再犯の可能性、実刑判決を課した場合の被告人に及ぼす影響等につき、次に述べる諸点を慎重に検討せずに量刑したという非難から免れることはできない。

一、本件犯行の動機において同情すべき特段の事情がある。

本件行為は、長森顕、金森らの自宅の購入資金を得るために行われたものであり、被告人の利益を得る目的で行われたものではない。被告人の金銭的要求は強くない。すでに自宅をもち、よい家庭をもっていたため、その生活にも十分満足しており、特に贅沢するために金を欲してもいなかった。

本犯行のキッカケとなったものは、本件直前に社員の長森、金村が被告人に対し、「私には自宅がない。そろそろ約束の自宅購入のための資金が欲しい。」と言ったことにある。

無学で経理についての知識のない被告人は、親類であり、経理の知識を持つ長森、金森に会社の経営陣として参加して欲しいと強く哀願して経営陣に参加してもらっており、しかもその際、参加の条件として彼らの自宅を購入する資金を後日提供する旨を約束していたものである。そして長森らにこの約束の履行をせまられて、その約束の履行のために被告人は本件犯行を行ってしまったのである。そして、その際、長森は被告人に前記約束の履行を促すと同時に合法的な節脱だといって本件をすすめたのが、本件の背景となっているのである。被告人は、被告会社の代表取締役であり、責任免れと思われる言動はしたくないとの意識が強いため、国税当局等の調べに対して、一貫して「すべては自分の責任である」旨供述している。しかし、真実は、長森、金村らが被告人に働きかけ、経理、税金についての知識が乏しかった被告人がそれに流されてしまったものである。

二 本件犯行の主導権は、被告人には無かった。

被告人は、学問知識に乏しく特に経理、税金についての知識は全く有していなかった。そのため、会社の経理全般について、自分の親戚であり、経理の知識も豊富である長森顕を全面的に信頼し同人に任せきっていたものである。

その長森が合法的な節税策であるとして行ったのが、本件一連の事件のきっかけともいうべき対水越広司に関する経理処理である。このように本件一連の行為は、被告会社の代表取締役であった被告人ではなく、経理担当の幹部である長森が主導権をもって行った行為である。長森は谷合らとともに本件一連の行為を行ったが、これらの行為を長森が行おうとしているのを知った被告人は、長森に対し法律に違反しないかと尋ねたところ、長森らは谷合らが納税するのだから法律に違反しないと答えたため、被告人は安心してこれを行ったものである。

被告人は、小学校も出ておらず、税法に関しての知識はもちろん経理についての知識も全く有していないこと、経理を行っている長森を全面的に信頼していたこと等に照らすと、長森の右の言を被告人がそのまま信じ、そしてその長森の行為を止めなかったことをもって被告人を強く非難することはできない。

この行為が脱税行為であることを当局から聞かされたとき、被告人が青天の霹靂の如き驚きを受けたのもこの為である。

三 本件は、土地高騰がもたらしたバブル景気の最中、不動産業にかかわる者全てが正常な規範意識を失っていた時期、被告人らもその中にいたため十分な規範意識を覚醒することなく行ってしまった犯罪である。

バブル景気の中、脱税を組織的に行い、そのノウハウを教える人々が出現し、それらの者が不動産業者に働きかけ、本件と同様あるいは類似の方法での犯行が多く行われたという現実がある。本件は、それらの者の働き掛けを受け、被告会社の経理担当者が加わって行われた事件である。

牧野、谷合らは契約書等に自分の名前を書くことだけで多額の金員を受けており、今回の事件によりなんらの処分を受けていないことを考えると、本件一連の脱税事件において被告人一人にその全ての責任を負わすのは酷である。

四 控訴審では、本件脱税行為は大胆かつ巧妙であると判示しているが、事実は極めて単純なものである。

本件行為の態様は、不動産売買の実際の当事者の間に別の会社を入れ、不動産譲渡によって利益を減少させたものである。その手口は極めて幼稚であり、また捜査当局にとっては簡単にその手口が判明するほど単純なものである。

この手口の単純さ、幼稚さは、被告人において、脱税行為について全くの無知であったこと、安易に他人に経理を任せていたこと、ノウハウを教えるという人々が被告人に積極的に働きかけてきたため、つい軽率に本件犯行に及んでしまったことがこれを物語っている。

一般に脱税事件の脱税者は、脱税の方法、隠蔽工作を研究して行う場合が多いが、本件はそれらの脱税行為とは比較できない程、悪性の低いものである。

五 本件は、五回の不動産取引について行ったのみで、その回数も少ない。

被告会社は、この五回以外の多数の取引においては、税法上何らの問題のない処理をしている。本件脱税金額は、極めて多額になっているが、これは地価が高騰したため、一回の取引で得る利益金額が著しく高額になったものであり、脱税行為自体は、五回の売買契約に関してでしかなく、継続的に多数回行ったものではない。脱税行為の悪質性を考える上で、その金額の多さのみでなくその行為の回数等も考慮すべきである。

六 被告会社は本件にかかる国税のすべてを納付し終わっている。

脱税は、国家課税権を侵害する犯罪であるが、被告会社は本件にかかわる国税をすべて納付し終わっているので、本件によって侵害された法益は回復していると言いうる。

七 被告人は、当初から当局の審査に全面的に協力している。

昭和六二年一〇月に査察が入り検察庁の捜査が終了するまでの間、被告人は全面的に協力している。客観的状態に照らせば、長森らの責任と思われる事項についても社長である責任と自ら決め、長森らの分の責任も全面的に負う旨の供述をしている。これは、本件脱税行為を真に反省したからに他ならない。

八 被告会社の経理体制を一新し再犯の恐れは全くない。

本件脱税行為当時、被告会社の経理体制は会社の経理担当者が必要書類を顧問税理士に持参することにより行われ、顧問税理士は持参された資料以外の資料にあたることなく税務申告をしていた。このようなシステムが会社の経理担当者の判断一つで脱税行為が行われることになり、本件の一因をなしている。

被告人は、このような状態を深く反省し、査察後、納税に関して極めて高い規範意識をもつ戸舘税理士を被告会社の顧問に迎え、その戸舘税理士の手により会社の経理体制を一新した。すなわち、戸舘税理士自ら、月三回位会社を訪問し、会社が提出する必要書類だけでなく、通帳、手形・小切手帳等の必要書類に直接あたることにより経理担当者による不当な経理操作を防止し、以後二度と脱税行為を行えない体制を作り上げた。

よって戸舘税理士が顧問税理士として関与している以上、二度と被告会社において脱税行為は起こりえない。

更に被告会社の監査役に公認会計士米山一を迎えた。監査役は会社の役員の一人として会社の業務全般に重い責任をもつものである。この監査役に公認会計士として高い社会的責任をもつ米山が加わることで、会社が二度と犯罪行為を行わない強い保証となるものである。米山もその旨の強い決意を原審公判廷で述べている。

九 被告人は、よい家庭を持ち更生は確実である。

被告人の妻、朴静子は、本件を真に反省し更生しようとする被告人を支えていこうと決意しておりその被告人を信頼する子供とあいまち、今後は生活に必要な金員を得るだけで親子五人幸せに生活しようとしている。このように良い家庭をもっている被告人の更生は確実である。妻朴が原審公判廷で供述したその態度、内容は心温まるものであった。現在彼女は癌であり、二度の手術が奇跡的に成功したものの小康状態を保っており、油断できない状態にある。被告人には、まだ年少の息子と年頃の娘二人がおり、もし被告人の実刑が確定すると、被告人の家庭は悲惨な状態となってしまう。

一〇 被告人、被告会社は、十分な会社的制裁を受けている。

本件事件により、多額の税金、加算税を納付したこと、査察調査により事実上、会社経営を中断せざるを得なくなったことに加えて、バブル経済の崩壊により被告会社の経営は極めて苦しく、被告人の経済状況も極めて悪化した状況にある。現在の被告人には、多額の借金を何とかして返済して家族の生活を守っていくことが精一杯である。

また、被告人は子供たちのため帰化を希望し、また家族もそれを一日千秋の思いでまってきた。しかし、その帰化も今回の事件でほとんど不可能になってしまった。被告人はすでに十分な制裁を受けているのである。

一一 被告人の生い立ちに同情すべき点がある。

被告人が経理、税金について無知であったこと、長森にそれをまかさざるをえなかったこと、谷合、長森らの言につられてしまったこと等の原因の重大な要素として、被告人の無学さがある。被告人は幼少のころ自らの意思でなく、おじの意思で日本に連れてこられた。検察官は密入国であると指摘するが、七才の子供に密入国する意思があった訳ではない。被告人を連れてきたおじのみに責任がある。むしろ、被告人は非合法で入国させられたため、多くのハンデを七才で背負わざるをえず、小学校へもいけず、知らない大人が集まる土方の飯場で生活せざるを得なかった。被告人は土方の手伝いをしながら、たった一人で独学で字等を学んだのであり、不幸な幼少時代を自らの努力でここまできりひらいてきたのである。

しかし、基礎的な勉学の欠陥はどうしようもなく、自らは対人的な交渉である営業のみしか行えず、数字を使うこと、経理については信頼する者に任せるしかなかったのである。勿論、小学校へもいかずに立派な教養を身につけている人も多いことから、これをもって本件事件の主因ということはきないが、通常の教育を受ける機会のあった人、小学校、中学校までの義務教育を終了した人に比べて、大きなハンデとなったことは間違いないのである。

一二 被告人は十分反省している。

被告人は本件が摘発されたことにより、税金についての規範意識に目覚め、前述の戸舘税理士を顧問に迎え、今後二度と脱税行為、租税回避行為等と疑われるような行為を含め一切しないことを誓っている。

また、妻朴とともに今後は質素な生活に心掛け、親子五人、慎ましく生活しようと誓っている。

このように被告人は十分に反省しており、今後もよい父親、よい夫として社会生活を行っていくことは間違いない。

このように改悛の情が顕著で再犯の恐れが全くない事件において、会社の代表者を実刑に処する必要があるのであろうか。被告人は、本件事件の摘発後、夜も眠れないなどの精神的打撃を受け、反省の日々を過ごしている。そういう日々が数年にわたり続いているのである。

このような被告人に対し、さらに実刑に処するのは死者をムチ打つことに等しくこれを破棄しなければ、正義に反する。

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